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NEWS PRESS ー 新着情報 ー

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DOMO PRESS     2017/04/01
トータス松本(ウルフルズ)インタビュー
デビュー25周年イヤー始動!第一弾は、女性アーティストがウルフルズの名曲をカバーするというトリビュートアルバム『Best of Girl Friends』をリリースし、その後は14枚目のアルバム発売と全国ツアーが決定!バンドを代表してトータス松本氏に直撃インタビュー。...  続きを読む
DOMO PRESS     2017/03/17
オカダユータ コメント到着!!
3/19(日)、3/20(月・祝)に開催が迫る『SANUKI ROCK COLOSSEUM』に2度目の出演となるオカダユータさんより、開催直前コメントをいただきました!...  続きを読む
DOMO PRESS     2017/03/07
sympathy インタビュー
高知の4人組バンド、sympathyがメジャーデビューを果たした。アルバム『海鳴りと絶景』は、彼女たちの日常とメジャーへの決意が詰め込まれた進化の1枚。語感を重視した心地よい楽曲の浮遊感や切なさはそのままに、色づいた花びらのような温かさを感じるこの作品について、柴田ゆう(Vo./Gt.)、 門舛ともか(Dr.)に話を聞いた。...  続きを読む
DOMO PRESS     2017/03/03
ひめキュンフルーツ缶『脳天ドロップ〜Present For HIMEKYUN〜』リリースインタビュー!
全曲バンドによる提供楽曲で構成されたミニアルバム『脳天ドロップ〜Present For HIMEKYUN〜』を2/15にリリースし、ひめキュン第二章の核を明確にさせた彼女たち。メンバーを代表して谷尾桜子・菊原結里亜・岡本真依ら一皮むけた3人のリアルな声をお届けします!...  続きを読む
DOMO PRESS     2017/02/14
10-FEETより動画コメントを頂きました!
去る2/11、高松festhalleにてライヴを行った10-FEETの皆さんからコメントを頂きました!...  続きを読む




林部智史 インタビュー!

DOMO PRESS

2018/07/04

林部智史

阿木煬子(作詞)&来生たかお(作曲)という最強タッグによる書き下ろしの4枚目のシングル『恋衣』(こいごろも)をリリースしたばかり、“泣き歌の貴公子”こと林部智史にインタビュー。美しく透明感のある歌声、特に高音部分の胸に入り込んでくる感覚は、一度聴いたら虜になる。そんな“貴公子”には、数々の挫折を繰り返したという過去があった。

4th SG『恋衣』、1st ALI』 NOW ON SALE!!

LIVE 

7/13()松山市民会館・中ホール 

7/15()高知市文化プラザかるぽーと・大ホール

 

TEXT&PHOTO:門屋奈緒


■デビューまでの道のりが波乱万丈だったようですが、今一度教えていただけますか?

「スポーツ一家だったので最初はプロバスケット選手になりたくて、バスケの名門高校に1浪して入学してバスケに打ち込んでいたのですが、プロへの道が開けないと感じ諦めました。母の仕事の影響で看護学校へ入学しましたが、2年の時に受け持った患者さんの死をきっかけに心のバランスを崩してしまったんです。たぶん心の持ち方が中途半端だった証拠だと思います。看護学校を退学したことは親に理解してもらえなかったし、しばらく引きこもり生活をしていました。そんな時、沖縄に住んでいる姉が呼び寄せてくれて、沖縄での生活で心が回復し、その後は日本一周を目指して一人旅を始め、いろんな場所で住み込みで働きながら全国を転々としていました。とにかく山形の実家には帰らない方向でしたね。この時期は最高に楽しかったのですが、親に対するうしろめたさというのは払拭できず、どこか打ち込めていないという感覚も同時にありました」

 

■音楽の道を志したのはどういうきっかけが?

「北海道で生活している時、とある人物との出会いが僕を音楽へ導いてくれました。『その声で歌手にならないのはおかしい!』と言われ、捨てるものは何もないというところまで来ていたので、歌の道に進むことになったんです。歌手なんてTVの向こう側の世界だったので、そんな道もあるんだと、その時初めてハッとしました。でも何も知らなかったのでそれこそGoogleで‟歌手になるためには“って検索してね(笑)、音楽学校へ行けばいいんだ、みたいな。歌手になる人はみんな音楽学校を出てるもんだと思っていました(笑) 上京してESPミュージカルアカデミーに入学ましたが、看護学校を勝手に退学した手前、両親に学費を頼ることが出来ず、奨学金を利用しながら朝夕と新聞配達をして、2年間もくもくと打ち込みました。今まで習った音楽といえば教室でクラスのみんなと校歌を歌うとかだったから、マンツーマンで音楽を習えることが新鮮で楽しかったです。同級生たちは『25歳までにデビューできなければ』なんて言っていましたが、既に4歳年を取っていた僕は、在学中からオーディションを受けまくり、レコード会社にも資料送りまくっていましたね。その音楽学校は首席で卒業することが出来たので、自分の中では歌に関してはやり切ったという実感もあり、やっと実家に帰ることが出来ました。しかし卒業後も受け続けたオーディションには落ちまくり、合計100以上ですかね。それで歌の道は諦めました。もう一つの夢だったディズニーで働くことを目指して応募したら合格しまして、ディズニーシーのツアーキャストとして働き始めました。音楽学校を卒業する時、恩師から《林部の歌声は音楽側が離さない、きっと音楽側から引き戻されるから、その時は歌の道を進みなさい》と言って頂いていたのですが、その通りになって、TVのカラオケ音楽番組から出演の依頼があったんです。新聞配達しながら歌の勉強して首席で卒業したという面白い経歴の子がいる、ということで(笑) それがきっかけで、再度歌手への道を歩み始めました。歌手を志して約7年、20162月に『あいたい』でデビューとなりました」

 

■数々の挫折を繰り返しながら念願のデビューを果たて、約2年半、ガラリと生活も変わったと思いますが、気持ちの持ち方にも変化がありましたか?

「僕はプロというのはシビアなものだと考えています。これを仕事にできているというのは幸せなことですね。でも今まで完成系というのは想像していましたが、夢の途中に居る自分の姿は想定できなかったですから、デビューはしたもののこの後成功していく人はここからさらに一握りで、僕にとっての完成系というものはもっと高いところにありますので、自分の中では今の状態に決して満足していません」

 

■ルーツになった音楽というのは何かありましたか?

「歌は大好きで、うるさいと言われるくらいよく歌っていた子供でしたが、特にルーツミュージックというのは無いんです。ただ小学校4年生の時に松崎しげるさんの『愛のメモリー』を聴いて、何だこの声の震えは!?と衝撃を受けてビブラートに興味を持ち始め、学校の校歌をビブラート入れて歌っていました(笑)」

 


 

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